元自衛官の憂い The third
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06262007 | 真実は歴史の中に! |
「日韓国交正常化50周年を迎え、日本政府、政界、経済界、文化・学術など多様な分野の主要人事が出席する中、東京で記念レセプションを開催できることをお祝い申し上げます。
今日は日本と韓国が国交を正常化してちょうど50周年になる意義深い日です。半世紀前の今日、両国は20世紀前半に不幸だった関係を克服し、和解と共存の新たな時代を開いていこうと大きな歩みを踏み出しました。
以後50年間、二つの国は政治、安保、経済、文化・スポーツなど多様な分野で幅広い交流を通じて関係を増進させてきました。
国交正常化50周年であることしは、二つの国が未来に向かっていくことができる歴史的機会です。たとえ両国間に糸のようにこじれた懸案があっても、両国の国民はお互いを理解し、文化を通じて交流し、心を分かち合いながら歩みよってきました。今後はこのような両国民の気持ちを政府が一つにし、懸案を解消させながら協力が必要な事案については両国関係の未来志向的発展のために共に協力していくつもりです。
国交正常化50周年であることしを、日韓両国が新たな協力と共栄の未来に向かって共に進むことができる転換点にしなければならず、これは後世に対する我々の責務でもあります。
このためには一番大きな障害要素である過去史の重い荷を和解と共存の心で下ろせるようにしていくことが大事です。両国がそれを始めるとき、国交正常化50周年であることしは日韓両国が新たな未来を共に開いていく元年になることでしょう。
“無信不立”という言葉のように、両国の国民間の信頼と友誼を積み上げていくことも何より重要です。国交正常化50周年を迎え、両国の国民が心と心の交流をさらに深化しながら、信義より深くなることができるよう必要な措置を共にとっていかなければと思います。
“一人の夢は夢に過ぎないが、万人の夢は現実になる”という言葉があります。日韓両国が1965年に始めた和解の道のりを持続し、両国民が日韓関係の新たな未来に対する夢を見られるよう、その道を共に作っていきたいと思います。」
長い文章ですが、日韓国交正常化50周年記念行事への祝辞です。
もとより、我が国の一挙手一投足が気に入らないお隣の「国」です。
最近では、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)の諮問機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)が、日本の「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告あったことを、いきなり「待った!」をかけました。
「待った!」だけでなく、対応も素早く驚くほど迅速な対応でした。
勧告が出されたのが5月4日、翌週の12日には韓国国会で「世界遺産登録反対決議」を採択しました。
6月12日には、尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が訪独し、世界文化遺産登録に反対する立場を主張。議長国であるドイツに積極的な役割を果たすよう求めました。
外交統一委員会が超党派の議員団を世界遺産委員国を訪れ、登録反対をアピールしました。朴槿恵大統領は、訪韓中のUNESCO事務局長と会談し、登録反対の意思を伝えました。
そんなお国の方が、未来志向の友好とは眉唾ものなのは言うまでもありません。
これまでの朴槿恵大統領の発言を見ると、生半可な反日でないことがわかります。
2013年3月1日、就任後初の独立運動記念日で、「加害者と被害者という歴史的立場は1000年の歴史が流れても変わることがない」と対日強硬姿勢を披露しました。その真意をBBCのインタビューで、「日韓首脳会談をしても得るものはない。日本の一部の指導者は謝罪する気もなくて元慰安婦を侮辱し続けている」と答えました。
「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統及び、不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して(以下省略)」大韓民国憲法前文です。
「三・一運動」とは、1919年3月1日に起きた独立運動です。この運動を機に「大官民コック臨時政府」が設立されますが…中華民国上海で結成され、日中戦争勃発後は重慶に移動。しかし、枢軸国・連合国双方からいかなる地位も認められておらず、国際的承認は得られませんでした。朝鮮半島版「IS」のようなものです。
憲法前文で明らかなように、「韓国は日本の支配と戦った大韓民国臨時政府」を基礎としていると謳っているわけですから、ようするに韓国は憲法前文で「反日」だと公言しているのです。不幸なことに、どの国も誰も公に「国家」として認められませんでした。
おまけに、「臨時政府」は日本と戦った事実はありません。韓国合邦で日本の一部となりましたが、日本の敗戦で棚ボタで国家を取り戻しただけなのです。
そんなこと憲法に書けるはずありません。
お国の皆さんから、「歴史を学べ!」と我が日本人は批判を受けますが、ちょっとでも歴史を学ぶとこうした「事実」が出てきます。やはり、批判を甘受して歴史を勉強すべきです。そして、堂々と非難すべき時が来たのです。
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